日記

自分は主人公ではないことに気付いたら少し楽になった

生活していて、特に、いっぱいいっぱいの時に、自分を主人公のように思ってしまうことがある。例えば学校だったら、主人公の私は地味なグループにいて、たまに派手めの人たちとも話したり、担任の先生のことが実は好きだったりする。学校生活で起きる出来事や、何ならこの世界さえも全て私のために存在していて、周りの人にされた嫌なこともいいことも、私の物語を進めていくためだけに発生しているという感じ。会社でもそうで、とてもつらかったとき、こんなにつらいのにそれを誰も知らなくて、たぶんこれだけつらいのは自分しかいなくて、でもここで逃げたら物語がだめになってしまう気がしてこわくて何もできなかった。けれども、実は世界って自分のために存在しているわけではなくて、私が何をしようが割とほうっておかれるみたいだ。万が一、周りの人に迷惑をかけてしまっても、その人にとっての私はその人が主役の物語の一部でしかなくて、結局自分のこと考えてるのは自分しかいない。すごくすごくつらいことがあって、もうこんなの私しかいないと思っていてもおんなじような人は割といるし、つらくて逃げた人もたくさんいる。社会のレールから外れて、不適合者になることってすごくこわいんだけれど、実はレールから外れてる人って結構いる(私もその中のひとり)。うーん、何を言いたいのかうまくまとまらないんだけれど、この世界の主人公は私ではないので、せいぜいモブだとして、モブが画面に映っていないところで何をやってもあんまりお話には影響ないかなということ。いざとなったら、逃げればいいし。仕事がつらくて、どうしても無理だったら辞めればいいし、人生がやばくなっても、最悪打ち切りにすればいいからな。こんなことを、駅で人身事故が発生して電車が遅れるとの表示を電光掲示板で見て、誰かの物語が終わってしまったことを知って、もう少し早く気が付けばよかったと思った。

 

「人間関係が理由で辞める人は精神弱い」の誤解と真実-人間関係が崩れるのはエネルギーが低下しているから:日経ウーマンオンライン【寛容力の育て方】

この記事を仕事辞める前に読んで、溜飲が下がる思いだった。とてもとてもよい記事。人間関係つらくて仕事辞めたい人は読んでみてください。